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春秋の日 金子武嗣先生の 「弁護士自治を考える」 講演

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2014年11月14日(金)の「春秋の日」、堂島ホテルにて、金子武嗣先生の 「弁護士自治を考える」 の講演が開催されました。
報告を4本、掲載いたします。

 

金子さんの「弁護士自治を考える」を聞いて

宮崎 裕二 (34期)

 「弁護士自治」は地味なテーマである。弁護士自治にかかる委員会は、綱紀委員会、懲戒委員会、紛議調停委員会、市民窓口運営委員会等結構いろいろな委員会があるが、正直言って、どれもなり手が少ない。同僚を裁かなければならないし、中身も深刻な事案が多く、気が重くなるからである。そして、難しい案件を苦労して処理しても、内部からは厳しすぎると言われ、日弁連や外部からは甘すぎると非難されることがあり、損な役回りである。

ところが、金子さんは、今回春秋の日で、弁護士自治を正面から取り上げられた。しかも、それを「歴史軸」から捉えていこうというのであるから、大したものである。私なんかは、目の前の不祥事案件をどのように処理していくかということで精いっぱいの日々を過ごしてきたため、とてもとても歴史を振り変える余裕はなかったので、大変参考になった。金子さんはきっと大変に根気のいる準備をされたに違いなく、心から敬意を表する次第である。

若い弁護士を中心として、毎月数万円もの会費を支払ってまで、弁護士自治を堅持する必要などないという声がだんだん大きくなっているようである。しかし、弁護士自治を失った弁護士会は、弁護士法1条の「弁護士の使命」を果たすことが極めて困難となるであろう。それでは、弁護士のみならず、弁護士に依頼する人々も困るのである。

あらためて弁護士自治を考えさせられた「春秋の日」であった。

金子先生の「弁護士自治を考える」を聞いて

濵田 雄久 (47期)

 誇りと怖さと希望を感じさせる,金子先生の春秋の日における「弁護士自治を考える」の講演でした。

私たち弁護士は,「弁護士自治は保障されていて当たり前」と思っているところがあります。しかし弁護士自治は,歴史的に見て弁護士の不断の努力で勝ち取られ,維持されてきたものです。今回の講演を聞いて,その危うさが一層はっきりとわかりました。歴史的に見れば弁護士自治は,さまざまな要素,ある種の偶然も重なって,ぎりぎりの所で実現されたものでした。逆に言えば今後も,大切に大切にしなければ,容易に消え失せてしまうかもしれないものであるということになります。

先進諸国の中で,弁護士自治がほぼ失われてしまった例としてイギリスについてよく語られます。それだけでなく,他の国の弁護士は,日本の弁護士や弁護士会ほどの自治を享受しているわけではありません。一定の自律性はあるけれども,何らかの監督を受けていたり,また「弁護士会」という組織に存在感が無かったりする例が多いと感じます。自治の裏返しともいえる,仕事の独立性,それに裏付けされた誇り,弁護士会活動や人権活動への厚い参加というのも,日本の弁護士が世界の弁護士に対して誇ることができる側面であると思います。

もう一点,私が誇ることができると考えているのは,日本の弁護士にはマルチ性,多面性があるということです。他国の弁護士と話をしていて日本との差異を感じるのは,日本より分化が進んで「自分は○○ロイヤーです」という形で自分を紹介する例が多いということです。人権弁護士なのか企業弁護士なのか,人権とすればどの分野,企業とすればどの分野なのか,という観点で語られるということが,日本よりも多いと感じます。「何でもやっています」という言葉,結局何も専門性が見につかないリスクとの兼ね合いもありながら,この言葉こそ,日本の弁護士が誇ることができるところだと考えています。

この素晴らしい日本の弁護士の特質を今後も保ち続けることができるのか。非常に重要な局面に差し掛かっているところです。人口激増を経て従来よりも明らかに厳しい状況があります。他方で若手から,すなわち今までのやり方を踏襲するだけではすまないことが最初からわかっている世代から,色々な提案や問題提起がなされるところがあります。

歴史的に見ること,今が当たり前と思わないこと,希望を持ち続けること,常に気を付けなければいけないこれらの観点をはっきりと目の前に示していただいた,大変有益な春秋の日の講演でした。

 

「弁護士自治を考える」に参加して

西念 京祐 (56期)

 今回の春秋の日では、金子武嗣先生による「弁護士自治を考える」と題する講演がありました。まず、驚いたのはとても豊富な資料、特に、国内の歴史的な経緯に関する詳細な資料が配付されたことです。
弁護士自治を認める弁護士法が議員立法であったことや、衆議院で3分の2以上の賛成による再度の可決によりスレスレで成立したものであったことなど、知らなかったことが沢山ありました。弁護士自治の重要性が広く社会に支持されてスタートしたものではなかったこと自体、私は知りませんでした。

また、資料の中には、かつての代言人のイメージを想像できる、とても面白い番付表もありました。
抽象的に雰囲気を議論していても十分な説得力を持たないことは、我々が日常的に学んでいることではあります。とはいえ、弁護士自治というテーマに対しても歴史的な事実を、具体的資料に基づき示して、現在のあり方に警鐘を鳴らす金子先生のスタイルは、弁護士による議論の立て方として改めて感銘を受けるものでした。

また、歴史的経緯という縦軸だけではなく、海外(英・米)の現状という横軸の比較についても議論は及んでおり、弁護士自治という制度維持の危うさを認識するに十分でした。
戦前の、官庁による監督を受ける弁護士のあり方に対する反省に基づき、自由な立場であることに重要な意義を見出したからこその制度であること、改めて考えていく必要があります。

また、私にとっては、春秋の日への参加自体、大変久しぶりでしたが、やはり、参加するといいものだなと感じました。それでもなかなか、参加できていないのですけどね。
ご準備頂いたみなさま、ありがとうございました。

 

弁護士よ、きらめきを取り戻そう(…ということですよね?)

小野 順子 (57期)

 若手会員のみなさんは、「春秋の日」をご存じでしょうか?お恥ずかしながら、私は一昨年に副幹事長をさせていただくまで知りませんでした。これは、研修委員会が企画する研修の一環ではありますが、ふだんのまじめな学習会とはちょっと違って、おいしい食事をいただきながら先輩のお話に耳を傾けるという、楽しい催しです。そうと知ってからは、私もできるだけ参加するようにしています。(若手会員にはリーズナブルな料金設定がなされているところも魅力です。)

さて、本題ですが、11月14日(金)の「春秋の日」(午後7時、堂島ホテル)は、金子武嗣先生の「弁護士自治を考える~弁護士自治を弁護士・弁護士会の歴史の中で考えよう」というお話でした。先日、出版された金子先生の著書を拝読して、「弁護士」という職業は、現在のイメージのように、自治が確立されたカッコイイ職業でもなければお金がもうかる職業でもなかった時代があったんだなあ、と知って驚きました。今、もうからないからといって(私のことです)、卑下したり悩んだりすることはない、弁護士自治が脅かされているからといって悲観することはない、昔の人はむしろそこから出発したんだ、と思って、ずいぶん気が楽になりました。ですので、今回の「春秋の日」はとても楽しみにしていました。

金子先生のお話は、戦前、戦後、そして現代と、弁護士・弁護士会が辿ってきた道のりを、資料に基づいてわかりやすく解説していただけるものでした。相撲の番付表のような弁護士名簿や、イギリスの恐ろしい話なども紹介され、「ほう~」「そうだったのか-」「うそー!」などの声が(心の声含む)、会場のあちこちから聞こえたように思います。

その後の会場発言では、最近感じられる「弁護士自治の危機」に関するご意見が多かったです。私も、そう遠くない時期に、必ずや弁護士(会)は攻撃されると思っています。その時に、私達は一致団結して闘うことができるでしょうか?

金子先生の最後のご挨拶の中に、「私が弁護士になったころ、上の期の先生には、きらめくような弁護士がたくさんいた」という趣旨の言葉がありました。何となく、イメージがわきます。金子先生は、あの「きらめく」時代をもう一度作りたいと考えて、今回の著書を書かれたのかなと感じました。今一度、弁護士(会)とはどうあるべきかを真剣に考えないといけないなと思います。経済的・経営的な問題もあり、不祥事も多発し、ついつい暗い方向へ考えがいってしまいますが、今よりももっと不利な状況から出発したという先達の努力に学び、希望をもって、前に進んでいきたいなと思いました。
金子先生、どうもありがとうございました。