第57回人権大会(函館)の報告

平成26年10月2日(木)~3日(金)、「第57回人権大会(函館)」が開催されました。
報告記事を4本、掲載いたします。函館の夜は更けて・・・

乘井弥生 (47期)

今年の人権擁護大会は北海道・函館。10月2日(木)分科会のあった夜、春秋会恒例の懇親会が開かれました。函館と言えば、やはり新鮮な海の幸!鮨屋さんの奥の和室で刺身、天ぷら、お寿司と、良く飲み、良く食べました。7時開始にまずは山西美明幹事長から乾杯の発声、そのあとしばらくして石田法子会長が到着して2度目の乾杯。そのあとしばらくして宮崎誠さんが来られて3度目の乾杯。日本酒一升瓶がどんどん回され、飲み干され・・・。それにしても、集まった総勢21名の皆さん、よくしゃべりはりますね~。私の近くの席では、若手が先輩弁護士に「委員会活動にも来れない若手がいるっていること、わかってますか?わかってくださいね。」と熱く語る場面があるかと思うと、ちょっと離れた席では、今ホットな法制審の刑事司法の話、もうちょっと離れた席では「函館名物バーガー、ラッキピエロ、もう食べた?」と御当地グルメの話題で盛り上がるなど、時間を忘れて懇親ができました。2次会はすぐ近くのスナックをほぼ貸切状態でカラオケ熱唱。そのあと3次会へも約10名行かれたとか・・・(私は2次会でドロップアウト)。そんなこんなで函館の夜は更けていきました。

函館人権擁護大会 夜の部

小野昌史 (50期)

10月2日、函館市民会館大ホールにおいて日弁連第57回人権擁護大会のシンポジウムが大々的に開催され、日本全国から多くの弁護士が集まって、函館市における弁護士割合が急激に高まった。という話はさておき、午後6時30分にシンポジウムが終了した後、春秋会の懇親会(人権擁護大会 夜の部)が開催された。
場所は、函館市本町の「すし蔵」。食べログでも高得点を獲得している函館きっての粋な寿司屋である。親睦担当副幹事の威信にかけて、シンポジウムを早々に切り上げてまで会場への一番乗りを試みたが、すでに「すし蔵」の座敷には乘井弥生会員の姿が・・・敗けた。
午後7時には、シンポジウムを終えた春秋会の面々が「すし蔵」に集まってきた。山西美明幹事長をはじめとする多くの会員の先生方が参加されていたが、若手会員の参加が少なかった気がしたのは、やはり函館が遠かったせいであろうか。と思っていたら、実は山本淳会員が密かに函館入りしていた事実が判明したことをご報告しておく。
長時間のシンポジウムを終えて空腹で苛立っていた参加者に配慮した山西幹事長の短い乾杯の音頭で懇親会スタート!スタートとほぼ同時に、山口健一会員から「日本酒のメニューちょうだい!」の声が。序盤からハイペースでお酒がすすむ中、石田法子会長や宮崎誠会員、中井洋恵会員ら遅れて参加された会員が来るたびに乾杯が繰り返され、非常に楽しく盛り上がった宴会となった。北の地酒の一升瓶が飛び交う中、みんなで函館の魚介類を堪能させていただいた。とりわけ、あわびの天ぷらは絶品であった。「すし蔵」さん、ごちそうさまでした。

懇親会の二次会は、「すし蔵」から歩いて2分のカラオケスナック「ジュピター」。一次会からの参加者に加えて、金子武嗣会員や茂木鉄平会員、加藤高志会員らも加わって、ほぼ貸し切り状態での大カラオケ大会。普段あまり聞くことのできない石田法子会員や浦功会員の歌声が聴けたのは非常に貴重な体験であった。
またまた盛り上がった二次会が終わった後は、平野惠稔会員の引率の下、さらに過激な三次会へと進んだグループ、ホテルに戻って翌日(当日!?)に備えたグループ、その場に残ってさらに飲んだグループ、とそれぞれに函館の夜を堪能されたようであった。
来年の人権擁護大会は千葉だとのこと。はたしてどのような春秋会の懇親会が繰り広げられるのか、今から楽しみである。

第57回人権擁護大会 シンポジウム第2分科会
「障害者権利条約の完全実施を求めて」 に参加して

山本淳 (51期)

第2分科会は「障害者権利条約の完全実施を求めて~自分らしく、ともに生きる~」をテーマに、我が国が2014年1月に批准した障害者権利条約の内容や実施に向けての課題等について、基調講演、国連障害者権利委員会委員長からのビデオメッセージ、障害者の皆さんの当事者報告、パネルディスカッションにより報告、議論が行われました。

この条約に関する基本的な知識も乏しい者にとっては、非常に勉強になる内容であるとともに、条約が求める「合理的配慮」とは何であるのか、当事者が求めている「自分らしさ」とは何であるのか、あるいは障害者の問題に対する施策の策定過程等においても障害者自身が参加することの重要性など、様々な点について考えさせられる内容でした。個人的には、条約が採用している、日常生活や社会生活で障害者が困難に直面するのは、その人に障害があるからではなく、社会こそが「障害(障壁)」を作っているのだという「障害の社会モデル」の考え方については、非常に感銘を受けました。

今年は分科会が2つしかないということも影響しているのかもしれませんが、第2分科会の会場は、文字通り満席の状態であり、多数の会員の参加で大変な熱気に包まれていました。また、会場内には、会員以外(と思われる)一般参加の方も相当数いらっしゃったようであり、この問題がいかに市民生活において身近な問題であるかということも感じられました。

毎年、「社会正義のために、人のために、なにか役立つことをしよう」という弁護士の基本、初心を「再確認」するために(けっして忘れているわけではありません)、人権大会に参加していますが、この分野に対する関心とやる気を喚起させられた素晴らしいシンポジウムでした。

函館人権大会 第一分科会「放射能汚染のない未来へ」のご報告

今井 力 (56期)

函館人権大会の第一分科会「北の大地から考える,放射能汚染のない未来へ-原発事故と司法の責任,核のゴミの後始末,そして脱原発後の地域再生へ-」に参加してきましたのでご報告します。
第一分科会は三部構成で,12時から18時半までの4時間半にわたって行われました。

1 第一部
第一部では,まず,基調報告として,岩淵正明会員(金沢弁護士会)よりこれまでの原発差止訴訟の歴史,とくに安全性ないし危険性の立証に関する司法判断について詳しく報告がありました。
次いで,「原発差止訴訟における司法判断」というタイトルでパネルディスカッションが行われました。パネリストとして,首藤重幸教授(早稲田大学法学部),山口栄二氏(朝日新聞オピニオン編集部記者)も参加していました。
パネルディスカッションでは,科学的争点を含む裁判,とくに専門技術裁量論について,科学技術の不確実性を前提に,正義公平の観点から判断規範を見直す必要があるのではないかなどが議論されました。首藤教授からは,ドイツでは,評価の時点で最善の科学と技術の基準を考慮したかという手続的判断をすることは同じではあるが,基準作成にあたって関係するすべての学説を考慮しているか,一方の学説を採用した理由を十分に説明できているかなど,裁判所が行政に高い義務を要求していることが報告されました。これに関連して,ドイツ調査に参加した中村多美子会員(大分県弁護士会)から報告された,大型機による墜落テロ対策が欠落していた(小型機の想定しかしていなかった)という判断欠落のため,中間貯蔵施設の設置許可を取り消したドイツの裁判例は印象的でした。
山口氏からは,差止訴訟に関わった裁判官から「結局最後は,メディアや市民がどれくらい共感してくれるかだ」という話を聞いたことなど,記者ならではの報告がありました。そして,今後裁判所を変えていくために,伊方原発差止訴訟の第一審でほぼ立証が尽くされた段階で裁判長が異動になったことを例に挙げ,裁判所における不当な人事介入がないかを注目していくべきではないかと意見がありました。
最後に,コーディネーターである海渡雄一会員(第二東京弁護士会)から,運転差止を認めた大飯原発差止訴訟で日本もようやくドイツに追いついてきた,法廷で判決要旨を聞きながら涙が出てきた,ぜひ一審判決の要旨を読んで欲しいという訴えがありました。

2 第二部
第二部では2つの対談が行われました。
1つめは,「核燃料サイクルからの撤退」というタイトルで,小出裕章助教(京都大学原子炉実験所)の対談が行われました。小出助教は,我が国における高速増殖炉計画の破綻の実態として,高速増殖炉はそもそも1980年代に実用化する計画だったのに,次々と実用化の目標時期が先延ばしされ,最後には目標時期すら明記されなくなってしまったこと,「もんじゅ」にはすでに1兆円の予算が費やされていることなどを説明してくれました。また,プルサーマル計画(ウランを燃料する通常の原発で,プルトニウムを混ぜたMOX燃料を燃やす計画)についても,「灯油とガソリンは燃え方が違う,混ぜてストーブで使うと火事になる」ということと同じように,燃え方の違うウランとプルトニウムを混ぜて燃やすことは危険であること,しかもプルトニウムが極めて危険な放射性物質であることなどもわかりやすく説明してくれました。
にもかかわらず再処理を続ける国の本音はどこにあるのかについて,1969年の「我が国の外交政策大綱」において「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する」と明記されており,核兵器を持ちたいというところにあるのではないかという話がありました。
最後に,小出助教から,日本の司法に絶望していたが差止めを認めた大飯原発差止訴訟判決に勇気づけられたこと,原発が稼働していない現実から原発が不要であることはすでに明らかになっていること,再稼働適合審査の基準は,「安全」基準ではなく「規制」基準にすぎず「ゼロリスク」を意味しておらず再稼働に反対であることが述べられました。
2つめは,「核のゴミについて考える~日本における高レベル放射性廃棄物処分問題~」というタイトルで,小野有五教授(北星学園大学経済学部)の対談が行われました。小野教授からは,放射性廃棄物が安全なレベルになるには10万年かかること(人類はまだネアンデルタール人の時代)でとても管理できないこと,活断層が見つかっていないところでも地震が起こるリスク,地下水の流れが変動するリスクがあり,ガラス固化体にして地層処分しても破損して放射性物質が漏えいするおそれがあること,日本学術会議でも安全確保が困難であるとしていることなどが説明されました。

3 第三部
第三部では,村上達也・元茨城県東海村村長との対談が行われました。
村上元村長は,JCO臨界事故当時の村長です。村上元村長は,国策として進めてきた原発の事故の反省もないまま,安倍政権になって従来のエネルギー政策に戻ってしまい,国民の意識から乖離した財界・政府が再稼働に走っていると語っていました。そして,JCO臨界事故当時には「臨界事故なんか起きない」として対策が講じられておらず,福島第一原発も同様で,JCO臨界事故から福島原発事故は一直線に起こっていると述べていました。
また,日本で初めて自治体として原発差止訴訟(大間原発)を提訴した,工藤壽樹函館市長へのインタビューも行われました。さすが地元市長,登壇と同時に報道陣が一気に前列に集まってきました。函館市の意見を聴くことなく大間原発再開を決めた国に対し,市と市民を守る目的で,函館市議会は,全会一致で差止訴訟を提起することに決めたということでした。大間原発が稼働するとなれば,函館市の一部も30km圏内に該当して避難計画を策定しなければなりません。しかし,工藤市長は,函館市の中で避難区域を分断することはできず,30km圏内だけでなく市全体を避難対象とするしかない,しかし,道路渋滞,車のない高齢者の方などがいることを考えれば極めて困難であろうと述べていました。また,事故が起こると自治体が半永久的に消滅してしまうこと,安全性について誰が責任を持つのか曖昧であることなどを批判しており,市長として強い責任感を持っていることが伝わってきました。

4 さいごに
4時間半の長丁場でしたが,大変充実した内容でした。エネルギー政策を考えるにあたって貴重な時間を過ごさせていただきました。準備にあたられた皆様に感謝申し上げます。

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