天神祭船渡御に参加して

 普段は雑草の生い茂る天神橋北詰も、この日ばかりは法被や浴衣の老若男女で一杯でした。出航の時間が近づき、春秋会の先生方もご家族や事務員の方々とともに続々と乗り込んで来られます。関根先生は事務所の皆さん御一緒です。田村先生は見目鮮やかな浴衣姿。菊元先生は愛娘を抱っこしての乗船となりました。
祭りの日、晴れた夏の夕暮れに川面を流れる気持ちよい風、ということになればビールがすすまないはずもなく、出航前の船上でビールをグビッと一杯。これがおいしい!!自分の席とビール売り場を往復していたのは森下先生。出航前に早くもいい感じです。
遠方に出張しておられた宮崎陽子先生が無事間に合って宮崎裕二先生もほっとしたところでいよいよ出航です。
出航直前には2人の「牛曳童子」が私たちの船に乗り込んできました。
かわいい「牛曳童子」に次々とカメラのフラッシュがたかれます。
彼らは大阪天満宮から選ばれる「神の使者」。祭りの約1カ月前に任命式が執り行われ、任命式以降当日まで「葬儀に参列しない」などの事項を厳守する「散斎(あらいみ)」に入り、祭り1週間前からはさらに厳しい「致斎(まいみ)」で食べ物まで制限される期間を過ごして祭り本番に備えるそうです。

船は天神橋北詰を離れ、大川を東へ向います。
途中でくぐる橋という橋はどれも人が鈴なりで、こちらが手を振ると橋の上からも手を振り返してくれます。
ちなみに橋の上を見上げながら興奮のあまり「これって私たちが勝組ってことよね」と訳の分からないことを言って隣の森下先生から笑われていたのは私の事務所関係者。
出航後、最初にすることは「大阪締め」の練習です。大阪に暮らしていても普段は殆ど使うことがありませんが、天神祭ではこれが出来ないと始まりません。

「打~ちましょ(パンパン)
も一つせ(パンパン)
いおう(祝う)て三度(パパンパ)
おめでとうございますぅ~(パチパチパチ)」

他の船と擦れ違う度、互いに大阪締めをして盛り上がります。
本当にたくさんの色々な船があり、府知事が乗り込んだ船があるかと思えば、落語家さんや野球選手の姿が見える船もあります。
能が繰り広げられている船は、さながら水上舞台という様相であり、松明のあかりに照らされて幻想的でした。
川の両岸には夜店の灯りが浮かび上がり、そぞろ歩く人々の姿にも風情が感じられます。
JR環状線の鉄橋では電車が徐行したり、一旦停車したりしています。
電車の乗客にも祭りを楽しんでもらおうという計らいでしょうか。
そんなことを考えているうち、空の色は夕暮れの橙から次第に紫色へ、そして夜の色へと変わっていきます。

夜が日の光を完全に追いやった刹那、無数の花火があがり始めました。
両岸の喧噪は遠く、花火の音と船に乗り込んだ人々の歓声だけが聞こえてきます。
川面に浮かぶ船からの眺めは格別で、本当に素晴らしい花火でした。
花火の音は、この世の邪気を払うようでもあり、皆、船の上から陶然として眺めていました。
船は毛馬橋の手前で反転し、来た航路をゆっくりと進んでいきます。
このとき、往きに擦れ違った船ともう一度擦れ違います。往きのときにはどこかぎこちなかった大阪締めも慣れたものです。二つの船の息をぴったり合わせて大阪締めを繰り返していきました。
花火の打ち上げ場は帝国ホテル近くの両岸ですので、真正面に見えていた花火がどんどん近づいてきます。「これなら花火を間近に楽しめるぞ」と思ったのですが、橋が何度も邪魔をします。
橋の下に入った途端に聞こえる始める花火の音と歓声。
でも見えるのは無常にも橋桁だけ。
「音は聞こえてるのにぃ!!!!」 と悔しい思いもしばしばでした。

そうこうしながらも船は天神橋へ近づいていきます。 時間は午後9時となり、気が付けば3時間も乗っていたことになりますが、あっという間の3時間でした。
船は無事に接岸し、乗客の皆さんは祭りのにぎわいが残る街へ繰り出していかれました。今年の天神祭船渡御もこれにて無事終了です。

乗船券の手配にご尽力頂いた河村先生をはじめ、たくさんの先生方にご協力頂き、ありがとうございました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

以上