平成26年6月10日実施「最新裁判例に学ぶ無罪事件の戦い方」

平成26年4月25日,大阪地方裁判所第5刑事部において,風営法違反(無許可営業)被告事件について,無罪判決の言渡しがありました。平成25年4月4日に「大阪府公安委員会の許可を得ず,『ナイトクラブその他設備を設けて客にダンスをさせ,かつ飲食させる営業』を行った」として摘発を受けたクラブNOONは,音楽好きが集まり,文化の発信拠点として全国的に知られる老舗でした。NOONの営業内容は全くもって健全なものです。風営法が目的とする「善良の風俗と清浄な風俗環境の保持」に何ら反するものではなく,公安委員会の許可に服さなければならない理由はありません。NOONの経営者である金光正年さんと弁護団がそう信じて戦い続けてきた結果がついに実った瞬間でした。風営法のダンス営業規制の是非を巡っては現在も活発な議論が交わされており,この判決が立法論に与えたインパクトも小さくありません。風営法の改正についても激論が交わされています。しかし,私は,金光さんと弁護団が正しいと考えたことを裁判所に適切に伝え,理解させる刑事弁護技術こそ,弁護士に共有すべきノウハウであると考えて今回の研修を企画しました。私も弁護団の末席を汚していましたので,手前味噌でもありますが,そこはそれ,本当に末席ですのでご容赦ください。 本研修では,講師としてNOON弁護団団長西川研一弁護士と主任弁護人水谷恭史弁護士を招き,公判前整理手続及び公判手続の流れに沿って,ポイントを解説していただきました。 公判前整理手続では,風営法2条1項3号の「ダンス」の定義を巡る検察官との応酬がなされたことが紹介されました。一般的には公訴事実や関連事実の認否の確認だけに終わりがちな公判前整理手続ですが,弁護団が戦略的に検察官の立証対象を設定しようとした点は非常に参考になったのではないでしょうか。また,証拠関係では,風営法の立法経過を明らかにするための国会議事録やダンス業界の専門誌といった大量の書証に加え,クラブの営業実態を裁判所に理解させる目的で,イベント風景の録画DVDを,摘発当日の営業内容を明らかにする目的で,摘発当時店内に流れていたUKロックのリミックス音源を証拠請求するなどの活動が紹介されました。積極的な弁護側立証の重要性がご理解いただけたのではないかと思います。 公判手続の様子としては,まず,川崎拓也弁護士による冒頭陳述が再録を一部再生して紹介されました(youtubeにアップロードされています。「NOON冒頭陳述」で検索ヒットしますので,興味のある方は是非。弁論の再録もあります。)。私は,裁判所を本気にさせたのはこの冒陳だったのではないかと思っています。聴講者の皆様も裁判「官」裁判においても,プレゼンテーションの重要性は高いと実感されたのではないでしょうか。 この裁判では,警察官,学者,来店客,従業員ら合計18名もの証人尋問が実施されました。証人として採用された3名の学者の先生方については,意見書が弁号証として採用された上での尋問でしたので,どのような尋問を展開すべきかという点については,関心が高かったように思います。また,検察側証人である警察官の尋問については,水谷弁護士が巧みに証言を引き出していき,尋問を終えてみると,複数の警察官の間で何が摘発すべき営業形態であるのかが全く統一されていないこと=風営法の規定に綻びがあることが浮き彫りになった様子が紹介されるとともに,そのような尋問を可能にした事前の準備の様子についても紹介されました。研修の最後には,水谷弁護士による弁論の内容を紹介するとともに,弁護団の主張がどのように無罪判決に結びついたのかという点の分析が披露されました。今回の無罪判決は,構成要件該当性を否定するものであり,残念ながら憲法違反の主張は認められてはいませんが,裁判所は弁護団の主張を一蹴することなく,ひとつひとつの主張に丁寧に応答しています。無許可営業罪という形式犯を前にしても粘り強く考え抜いた弁護団の姿勢の一つの現れであったと思います。 現在,本件は検察官控訴による控訴審に係属しており,弁護団の戦いは終わっていません。あらためて,よい報告ができることを願うとともに,今回の研修が皆様の今後の刑事弁護活動の参考になることを心より願っております。

平成26年度 第2回 「春秋の日」  ~法整備支援の話をしよう・中国に法の支配は根づくか?~

5月29日、 第2回 春秋の日 「法整備支援の話をしよう・中国に法の支配は根づくか?」 が開催されました。当日配布された資料はこちらからご覧いただけます。 → 配布資料 PDFファイル:655KB 以下、報告を2本掲載いたします。 白出博之 (47期) 報告 第2回春秋の日「法整備支援の話をしよう・中国に法の支配は根づくか?」に多数ご参加のうえ、当職のつたない報告に、皆さま長時間熱心に耳を傾けて下さり、かつ温かいお言葉で激励して下さり、誠にありがとうございました。 森下先生からいただいた「法整備支援によって中国で先進的な立法ができるのは良いことだが、それを当局が自分の都合よく使えば国民の自由・権利を制限・弾圧する危険な手段になってしまう。どうか、そういう面も忘れずに、中長期的な視野からの支援活動を頑張れ!」とのご指摘は、中国での活動の難しさの核心を突き、かつ当職のはやる気持ちを諫めるありがたいお言葉でした。 中国における「法」がまだまだ統治の手段的な色彩が強く、国民の権利章典として十全に機能していないのも事実であり、しかも日中関係が「72年の日中国交回復以降で最悪の状態」といわれる現状にありますが、これからの支援・交流活動を通じて、歩みは遅くとも少しずつそれらの状況を改善し、次世代での日中相互理解につなげていければと考えております。 昨年5月発表の外務省「法制度整備支援の基本戦略」(改訂版)において、中国は重点対象国からは除外されましたが、「中国については日本企業の円滑な活動と法の支配・ガバナンス確立の観点から協力を継続していく」との方針が特記されています。6月から開始される新規法整備支援プロジェクトの協力対象法令は、1年目が立法法、インターネット法、行政訴訟法、行政不服審査法、食品安全法と、法の支配・ガバナンス確立系のものが多く、2年目は、先物取引法(金融サービス関連全般も見直し)、広告法、大気汚染防止法(+水、土壌関連も)、民法総則(ないし民法典構想)と民生の保障に関連するテーマがあげられています。 当職は6月25日からの北京着任予定であり、これから3年間、3,4ヶ月に1度のペースで、中国の立法・行政担当者や最高人民法院裁判官等からなる訪日研修団を引率して日本に出張して来る機会があると思います。その際には、中央官庁や裁判所だけでなく、国民に最も近いスタンスの日弁連や大阪弁護士会の各委員会等に、法律実務の最前線の情報提供等についてご協力をお願いすると思います(現に先月末に改正法が成立した中国・環境保護法について、全人代法工委行政法室の立法担当者は、大阪のあおぞら財団で見聞きした被害者の方々の状況が最も印象深く、大阪弁護士会公害環境委員会の先生方〔村松先生、岩城先生、池田先生、赤津先生、ありがとうございました!〕による各訴訟での奮闘に感銘を受けて今回の法改正の随所に日本から学んだことを取り入れた旨をコメントされておりました)。今後も、是非とも日本の弁護士の努力や工夫、知恵、そして教訓を中国の方々にご教示いただければ幸いです。 最後に、今回、周到細心な準備・運営にあたられた研修委員会ご担当の黒田先生、林先生に改めて御礼申し上げます。 田中智晴 (59期) 報告 5月29日(木),にしふじにおいて,「法整備支援の話をしよう・中国に法の支配は根づくか?」とのテーマで,白出博之会員(47期)から,中国におけるJICA(国際協力機構)の法整備支援事業に関するお話をお伺いしました。 皆様ご存じのとおり,白出会員は,平成23年から平成25年までJICAの法整備支援事業で中国に赴任され,また,今年6月25日から,再度,3年間の予定で,中国に赴任されます。 白出会員からは,そもそも法整備支援事業とはどういったものかという概論から,中国における法整備支援事業について,中国の特殊性等を踏まえたお話をしていただき,さらに,現在の中国の紛争処理制度の実情,今後の立法の展望までお話いただきました。 白出会員の中国の法整備支援事業にかける情熱・使命感がこもった貴重なお話をお伺いすることができ,出席者は,皆,刺激を受け,あっという間に時間が過ぎました。 大変有意義かつ楽しい講演会・食事会でした。白出会員有り難うございました。最後に,白出会員の中国での益々のご活躍を心より祈念申し上げます。

若手会第1回懇親会を開催しました!

去る5月30日(金)、若手会(57期~66期)の懇親会が開催されました!総勢23名の先生方が駆け付けてくださり、会は終始大盛況♪写真をご覧になってのとおり、みなさんの心の底からの笑顔がその楽しさを物語っています!若干1名、物思いにふけておられる先生もいらっしゃいますが(笑)。気さくにお話ができる先生方が多いので、仕事のことからプライベートなことまで、突っ込んだお話も簡単に聞けてしまうところがおもしろいですよね♪沢山の諸先輩方と気さくにお話ができる心地良い空間でした。 若手会は、各先生方のキャラクターも去ることながら、何より修習の期が近い者同士ということで、年齢が近くて境遇も似ているため、共通の話題や共感できる話題がとても多いのです。そういう意味で、若手会のイベントは、懇親を深めたり突っ込んだお話を聞いたりするのに恰好の場所だと思います。 若手会世話役では、今後も楽しい企画を提供して参りますので、今回残念ながら参加できなかった先生方も、次回は是非参加してください!!

平成26年度 第1回 「春秋の日」  ~ 木村会員・ 田会員を囲んで ~  (平成26年4月25日開催)

4月25日(金)、堂島ホテルの中華料理瑞兆において、木村圭二郎前年度幹事長、 田之計前年度副会長の慰労会が、25名の参加を得てにぎやかに開催されました。木村会員は弁護士会の改革について熱く語られ、また、 田会員からは、大阪弁護士会の意見書案を常議員会で通すことに尽力した、その際、春秋会の皆さんには大変お世話になった、とのお話がありました。そして、小野副幹事長の名司会により、ほぼ全員が、お二人へのお礼の言葉を述べ、2時間があっという間の楽しい慰労会でした。

2014年度大阪弁護士会役員就任披露会

4月22日、大阪弁護士会で、2014年度役員就任披露会が催されました。以下、報告を2本掲載いたします。 中井洋恵 (40期) 報告 4月22日に大阪弁護士会2階で、役員就任披露会が催されました。参加者は、出足は悪かったものの、木村前幹事長の追い上げで、他会派を抑えて春秋会の出席数が最多数になり、石田会長を支える会派としての面目を保つことができました。 さて、当日、入口で各役員方が一同に並ばれ、各自緊張した面持ちでした。役員披露会についてご存知のない若手の方にも雰囲気をわかってもらうために少し会場の状況を説明すると、裁判所、検察長、大阪府、大阪市など弁護士会の関係機関の外部の方も招待されており、通常の、身内だけの会とは異なり、独特の緊張感と華やかさを持った会です。料理も特別な物が出されております。 その中、さすが我らが石田会長、緊張することなく、挨拶を始められました。まず、現状、わが国の経済状況を分析され、中流社会から、格差社会に移行し、その中の貧困問題を指摘されました。これらの貧困で困窮する人たちに対して、弁護士会が力になる取り組みを行い、今年の執行部のスローガンは、「あなたを一人にしない。私たちに相談してください。」とすることを発表されました。また、弁護士会員の中にもいろいろと問題があり、このスローガンで、会内の問題についても、取り組んで行かれるとのことです。 石田先生の分析はまさに、現状の問題を明快に整理されたもので、それに対する処方箋としても、弁護士や弁護士会が身近な頼りになる存在になるとの意味のスローガンと思います。易しい言葉ですが、的を射た言葉として、素晴らしいものです。いつもながら感心するほど、石田先生のスピーチは安定感があり、論旨明快です。この軽やかさで、沢山の課題が山積みになる現状の社会や弁護士会ですが、石田先生が会務を執行されれば、先生のことですから、いつの間にか、課題がいい方向に向かうのではないかと、思わず、期待してしまいました。 どのような会務をされるのか、本当に楽しみにしておりますが、何かございましたら、「ほっとひといき、そこに春秋会」がありますので、何なりとお申し付け下さい!では、石田先生、くれぐれもお身体に気を付けて、思う存分、暴れて・・頑張って来てください。 中井宏二 (65期) 報告 大阪弁護士会の新会長に就任した石田法子会員、副会長に選ばれた森下弘会員ら新役員の就任披露会が、4月22日夜、弁護士会館で開かれ、来賓のほか数百人の会員らが出席して新執行部の門出を祝いました。 壇上で14人の顔ぶれが紹介された後、石田会長が決意を述べました。石田会長は、「あなたを一人にしない。私たちに相談してください」とのスローガンについて、格差の広がりや高齢化の進展などで人同士の繋がりが希薄になり、孤立化が進んでいると指摘した上で、「そんな時代だからこそ我々弁護士が力を生かすことがたくさんある。私たちが寄り添うことで明るい明日へ一歩でも歩み出せる人がたくさんいるはず」と訴えました。 また、弁護士会について若手の就職難や経営不安、不祥事の発生等を挙げ、「かつてない危機に直面している」と強調。「弁護士が元気でなければ生き生きとした司法は決して生まれない」と述べ、弁護士会の約半数を占める登録10年未満の若手支援等に特に力を入れることを表明しました。 多くの会員から「石田会長の思いがにじむ素晴らしい内容だった」と絶賛された演説は、若手の私にも非常に心強く感じましたし、石田会長のいう「人の痛みを理解して、闘う力を持つ弁護士」になるべく、今まで以上に研鑽を続けなければならないと身の引き締まる思いがしました。
No Image

2014年度春秋会執行部の会務方針スローガン

本年度スローガン「ひきつづき,ほっとひといき,春秋会」 役員からのご挨拶 ご挨拶 やりたかったこと・やらなければいけないこと 石田 法子 1.やりたかったこと 皆様のご支援を得て、本年4月1日から平成26年度大阪弁護士会会長に就任いたします。大阪の会長は同時に日本弁護士連合会の副会長を兼務するので、ざっくりと言うと平日2日は大阪、3日は東京という、時間的にも体力的にもハードな生活が始まります。 さて、組織の長たる人間には、強いリーダシップと人に希望を与える明るさをもち人の真ん中にいる人間的魅力が必要だと言われています。しかしながら、私はどちらかというと、端っこで一人こつこつ黙って仕事をするほうが好きな職人タイプなので、およそ会長として適任ではありません。 それにもかかわらず、3.4年前から会長を目指したのには二つの思いからでした。 一つは、まさに大阪弁護士会の男女共同参画の推進の実行でした。私の38年の弁護士生活は女性の権利という言葉が常に頭にありました。しかし、自分が所属する大阪弁護士会に目を向けると、女性会員の数はまだまだ少なく(今では700名を超えましたがそれでも17%です)、委員会委員長を初め、意思決定機関にいる女性は少数でした。人権の擁護、社会正義の実現を標榜する弁護士会がこれで良いのかという思いはずっとあり、大弁副会長、司法修習委員会委員長、法律相談センター運営委員会委員長、日弁連常務理事等々、機会をいただく場面があれば、多少自分の能力を超えていても前向きにチャレンジしてきました。そうすることで、女性がその立場にいることが当然という空気が生まれ、チャレンジする女性が増えることを期待したからです。幸い、近年は、委員会の副委員長、委員長にも女性が増え、会派執行部にも女性が入り、女性副会長経験者も6人となりました。 しかしまだ女性の会長はいない、さすが会長職へのチャレンジは大変で、私には、冒頭に述べた適性、能力、経済力、年齢のいずれの点からも負担の大きいものでした。しかし、自分がそれに近い立場に今ある以上、ここで手を上げなければ女性会長の実現は何年後だろうと思うと、マイナス因子をあれこれ考えることをやめて、エイッと手を上げるに至りました。平成26年度の政策として男女共同参画を更に推進していきます。 もう一つは、日弁連の会務の運営、執行の中心に、人権擁護の理念を置き、その立場からの発言が必要だという思いでした。日弁連はここ十数年、司法改革の奔流に飛び込み、これを中心に回ってきました。日弁連の人権擁護委員会委員長を経験している中で、人権活動が求心力を失い、敬して遠ざけられるかのような雰囲気に寂しい思いをしました。幸いにして、平成26年度の日弁連での私の主な担当委員会は、人権擁護委員会、両性の平等委員会、いずれも私のフィールドです。また、貧困問題対策本部、この問題の直接の経験はありませんが、方向性は共通し、現在の社会の閉塞状況を打破する重要な問題ですので、上記の私の思いを実現する場は与えられました。 市民の権利を守る人権関連委員会が表看板となるよう、日弁連の人権活動の活性化に向けて最善を尽くしていきます。 2.やらなければいけないこと 以上の二つの思いから手を上げた後、いろんな方の話を伺う機会を数多く持ちました。その中で、これから会長としてやっていかなければならないこと、やりたいことが山のように積み上がりました。 即独、ノキ弁というOJTの機会の少ない若手の窮状には胸が痛みました。未来に夢を持てない若手の不安感は大きく、中堅、ベテランも私も含めて先行きに不安を抱えています。 その不安からか、メンタルダウンする会員が増えています。また、不祥事が増え、市民の弁護士・弁護士会への信頼が大きく揺らいでいます。弁護士会への求心力が低下し、弁護士自治も揺らぎ始めています。さらに、法曹を目指す有為の若者の減少で司法界に人材が集まらず司法そのものが弱体化する恐れすら見えてきました。 このままでは、市民に対して安心して信頼していただける十分な法的サポートの提供、市民の権利の実現が困難となり、人権の最後の砦としての司法の役割が損なわれます。 市民から信頼される弁護士・弁護士会・司法でありたい。弁護士・弁護士会に明るい未来を取り戻したい。 さて、そのためにどうすれば良いのか。難問山積、この言葉を文字通りに実感する毎日です。しかし、山積みの問題に押しつぶされているわけにはいきません。 社会には、悩んでいる人、苦しんでいる人がたくさんいます。社会から孤立し自力でその問題の解決ができない人もたくさんいます。弁護士の力を必要とする人がたくさんいます。弁護士会は、そんな人たちに向けて、「あなたを一人にしない、私たちに相談して下さい」というメッセージを発信し続けます。そして、相談に来ていただいた方に、最上の法的サポートを提供することができる体制を整えて、「社会の隅々」にまで光を届けられる弁護士会でありたいと思います。 そのためには、「若手支援」は欠かせません。今、当会の会員の4割強は登録10年までの若手で、少子超高齢社会の日本の中にあって、若い活力を内包する組織です。大阪弁護士会は、これまでも積極的に「若手支援」に取り組んできましたが、平成26年度は、当事者である若手を巻き込んで、ニーズに沿った「若手支援」を共に考え、さらに一層これを推し進めて行きたいと考えています。 更に、今弁護士会が抱えている問題の多くの原因は、市場ニーズを無視した法曹人口の激増に行き着きます。日弁連の問題としては、法曹人口を見直して、早期に1500人への減員が喫緊の課題です。現状の増加が続けば、本来は市民が利用しやすい司法のために行った改革が、逆に市民に良質な法的サービスを提供することを阻害する結果となります。このままではいけないというのは大方の認識であろうと思います。 とはいえ、法曹人口の決定権がもはや法曹三者にない今、その実現は簡単なものではありません。現在、法曹養成制度改革推進室・顧問会議で法曹人口問題等が議論されていますが、具体的な減員まで、今もまだ一進一退の議論状況で、多方向からの粘り強いたゆまぬ折衝等が必要です。この会報が出る頃には、自民・公明各党司法制度調査会から具体的な法曹人口を含めた法曹養成の意見書が出されると聞いています。また、推進室からも何らかの意見が出されるでしょう。改善への大きな一歩が踏み出されることを期待すると共に、それが十分なものでなければ、一層の改善を求める動きを続けていく必要があります。蛇口をひねらないと根本的な解決には向かいません。 私はこの問題に関する日弁連の委員会の担当ではありませんが、執行部の一員として、皆様のご意見を十分にお聞きし、現実を見据えながらも、この問題に対処していきたいと考えています。法曹人口問題だけでなく、その他の法曹養成の問題、刑事司法改革、民事司法改革、弁護士自治の問題と日弁連にも難問が山積しています。更に、司法の世界だけでなく、憲法改正の動き、悪法の最たるものである秘密保全法の制定等々平和が脅かされようとしています。弁護士会は法律家としてその問題点を広く社会に情報提供する責務があります。 当選が確定してから、多くの方から「おめでとう、がんばって」の言葉と激励をいただきました。そしてその後には、「しかし、大変な時代に会長になったねえ。健康だけには気をつけて」という言葉が続きます。本当にその通りだと思いますが、この激励を糧に、「大変な時代」に、会長職を務めることの意味をしっかり見つめて、次の世代に夢と希望のある社会を渡せるよう、微力ながら会務に取り組んでいきます。 ご支援とご協力、それだけでなく遠慮のない叱咤激励も併せてよろしくお願いします。 内心では、『無理せんと自分なりの自然体で行くしかないけど、どうせしんどいことをやるんなら、そのしんどさを楽しまな損やなぁ。自分が楽しんでたら、健康も後からついてくるやろ。』としぶとく居直っていきます。 ご挨拶 ― 石田会長の補佐役として ー 森下 弘 (33期) 1 私の副会長としての抱負については、選挙公報や弁護士会の月報などで紹介をさせていただいておりますので、ここでは、私の同志や友というべき春秋会の会員の皆様方へのフレンドリーな内容で、ご挨拶をさせていただくことといたします。 2 他の副会長予定者の方々が40期台であるのに、私のようなロートルが今さら副会長になろうとするのは、時機遅れだとは思います。ことに、私は齢60歳(数え年)を迎え、一昔前では赤い甚平さん(ちゃんちゃんこ)を来て還暦の祝いをしてもらうべき年齢に達しています。しかし、大阪弁護士会初の女性会長となられる石田法子さんを支えるために、あえて副会長の職を受けることといたしました。 3 副会長としての抱負の主なものは、①男女共同参画社会を実現すること、②若手会員の支援をすること、③弁護士の規律を確保することと、それを防止するための会員への支援を行なうことなどです。また、私自身、刑事関連の委員会への所属歴が長く、法制審議会で審議をされている「新時代の刑事司法制度」についての問題についても担当副会長(予定)として取り組んで行く所存です。 4 ところで、私は、播州赤穂(浅野内匠頭)5万3千石の領地内の出身で、元禄15年12月14日に吉良上野介の屋敷に討ち入った赤穂浪士の首魁である大石内蔵助は、赤穂藩の国家老で、国元を守る役職だったこともあって、日弁連副会長として週の半分は上京される石田会長の留守を預かり、石田さんが中央で後顧の憂いなく活躍できるよう、粉骨砕身の努力を重ねる覚悟です。 5 実のところ、私と石田さんとの関係は、石田さんが青年法律家協会大阪支部の議長のときに、私が事務局長としてコンビを組んでおりました。この時期は、昭和64年(平成元年)で、天皇の崩御に伴った「大嘗祭」などが問題とされました。その意味では、憲法問題が取り上げられた時期だったのです。いま、安倍政権のもとで、憲法改正が正面から論議されるようになり、再び憲法問題が愁眉の急となっており、巡り合わせの不可思議さを感じています。 6 しかし、どうも私は、思ったことを正直に言いすぎて、公正さや衡平を保つことが不得手ですので、舌禍事件を起こしかねません。ですから、そのようなことのないように自制に自省を重ねるつもりですが、会員諸氏におかれましても、私の行き過ぎの点や、逆に自制のしすぎによるアグレッシブの喪失につき、忌憚のないご意見やご指導をいただきたく、よろしくお願いを申し上げる次第です。
No Image

石田法子会員が2014年度(平成26年度)大阪弁護士会会長に選出されました

春秋会選考委員会委員長 木村圭二郎 殿 意  見  書 2013年6月10日石  田  法  子 1.立候補を決意して 平成26年度の大阪弁護士会会長候補に推薦していただきたく立候補の届出をいたしましたので、選考にあたり意見を申し述べます。現在の大阪弁護士会の女性弁護士は約700名、全会員の17%弱です。今後ますますこの比率は高くなります。一方、弁護士会の意思決定ボードへの女性の参画は少なく、昭和15年に初めて女性弁護士が登場して以来70年余になりますが、これまで当会の女性副会長はわずか6人、会長に至ってはゼロです。人権擁護と社会正義の実現を職責とする弁護士会がいつまでもこれでいいのか。この思いが立候補を決意した理由の一つです。更に、私はこれまで大阪弁護士会及び日本弁護士連合会(以下、日弁連)の人権擁護委員会を中心に活動をし、それぞれの委員長を経験しました。弁護士業務としても、時代の課題にそって、職場での平等、東南アジアからの出稼ぎ女性労働者の救援、セクハラ・性被害事件、DV離婚事件と形は変わっても、一貫して女性の権利に関わる事件を扱ってきました。その経験の中で、全国の多数の会員や市民の多様な人権活動を見ることができました。また、国民の格差は広がる一方で、かつて弁護士会が人権と平和の視点から全会あげて反対し廃案となった秘密保全法、マイナンバー法案の復活の動き、憲法改正・国防軍の創設の浮上等の問題も出ています。法律家として、市民にその内容についての情報をきちんと伝えていく責務もあります。大阪弁護士会会長は同時に日弁連の副会長でもあり、人権の視点を持つ立場で、弁護士会の人権活動を支えたい、それが立候補の二つ目の理由です。更に、司法の世界に目を転じれば、法曹三者の一翼である弁護士そして弁護士会を取り巻く環境は大変厳しくなっています。急激な司法試験合格者増員の一方で、弁護士の職域拡大は進まず、訴訟事件数も減少しています。未登録、即独、ノキ弁の新人が、大阪でも少なくありません。また、近時の預かり金の横領等の不祥事の頻発は、かつて市民が弁護士に抱いていた信頼を大きく損っています。このまま手をこまねいていては、会の内外から弁護士自治が揺らぎ、司法の屋台骨が揺らぎます。これまで法曹三者が協力して後進を育成してきた司法修習制度の将来にも危惧があります。私は、いろんな問題はありつつもこの司法の世界、そして誰に臆することなく行動でき、困っている人を支えることができる弁護士の仕事が好きです。その世界を変容させてはいけない、そのために全力を尽くしたいという思い、それが立候補を決意した三つ目の理由です。 2.会長として何をしたいか、何をなすべきか (1) 人権基盤の確立と推進日弁連の人権擁護委員会委員長として、「人権のための行動宣言2009」の作成に関わりました。この宣言は、日弁連の人権活動の到達点と今後の目標を掲げるものです。日弁連の各人権関連委員会は、それぞれ活発な活動をしているものの各委員会の横の連携が十分ではありません。そこで、横の連携を強くして、人権総体としての力を強めるため、また宣言実行の検証機関として、毎年人権大会の時期に人権関連委員長会議が開催されるようになりました。今後も、日弁連の人権活動の基盤を盤石なものとし、更に推進していきます。個々の人権課題については割愛しますが、震災復興、刑事司法、貧困、労働、環境保全、消費者、高齢者・障害者、子ども、外国人、女性等々の諸課題は、各委員会の取り組みを尊重して、推進します。 (2) 急激な増員を抑える私は、増員に反対するものではありませんが、これまでのような急激な増員は余りにも弊害が大きすぎます。社会のニーズを見ながら適正数の増員であるべきです。もっとも、日弁連だけで法曹人口数が決定できるわけではないので、信頼できる司法のために、信頼できる法曹を育成する必要があるということを、幅広い市民が理解し共感を得るために何をすればいいのかを考え、また優秀な若者が魅力的な職業として法曹を目指せる環境づくりとして、給費制の復活も含めた経済支援の実現等に取り組みたいと思っています。 (3) 今、困っている若手の支援大阪弁護士会はこれまでも積極的に若手支援に取り組み、会費の減額、即独・ノキ弁へのOJTのサポート等々、その成果を上げています。しかし、若手といっても、それぞれ置かれた立場が異なり、その要求は様々で、ひとくくりにはできません。まずは今一番支援を必要としている即独、早期独立者、ノキ弁等に必要な支援、とりわけOJTの機会を手厚くしたいと考えています。 (4) 若手の意見と力を会務に取り入れるいずれにせよ、支援の具体的内容については、当事者目線で見て必要なものでなければいけないので、例えば5年目までの若手弁護士だけで構成される若手委員会またはプロジェクトチームを設置し、自由な意見や若手弁護士のニーズに合ったアイディアや企画を実施して貰いたいと考えています。 (5) 業務の拡大と専門性既にかなりの弁護士人口が増えているのですから、職域拡大は重要なテーマです。とりわけ、これから独立開業を考える層には、喫緊の課題です。この問題については、これまでの役員も熱心に取り組まれてきました。種をまいたばかりのもの、双葉が出たものと様々ですが、一層の推進が必要です。行政との連携、中小企業の支援、他団体との接点を作り、新規分野を広げ、深め、弁護士業務の範囲を更に押し広げることはもちろんのこととして、かつて弁護士が担ってきた業務に今隣接士業が参入してこようとしています。業際問題、弁護士の業務の確保という点だけではなく、それで果たして、市民に良質の法的サービスを提供できているのか、弁護士としてもっと良質のサービスを提供できるという自負を持って守っていくことも必要です。市民からは、高い専門性からのアドバイスを求められています。国際化の中で外国に進出する企業のサポート、また日本国内の外国人の諸問題、難民申請のサポート、ハーグ条約の締結に伴う手続き、渉外離婚等々に弁護士が関与する機会も増えています。従来の専門研修に加えて、新たな分野の幅広い専門研修も必要でしょう。法律相談センターの委員長の経験から、センターを職域拡大のツールとして展開させていくこと、例えば、市民の法的サービスへのアクセスを容易にするために、新機軸の発想で業務拡大にむけての改革に取り組めないかと考えています。ネット相談については既に検討中と聞いていますが、さらなる発展はないか、これも幅広い層から聞いてみたいものです。 (6) 会財政と機構改革大阪弁護士会は、平成24年度決算は赤字を免れたものの、赤字予算が続いています。収入の殆どは会費です。現在は登録4年目までの会員、病気、産休・育休など会員に対する支援を要する会員への減額や免除措置がありますが、今後も更に減額や免除措置を要する会員の拡大もありえますので、会員数が増えたとしても収入の大幅な増加は期待できません。また、高額の会費の負担が重いという声も聞きます。会財政を健全化するには、支出の削減しかなく、その見直しが必要ですが、その中では人件費等管理費が大きな割合を占めていますが、残業代等を含めた人件費を抑える為には、弁護士会の機構を改革して、効率の良い運営に努めることが避けて通れない問題です。 (7) 不祥事対策何よりもまず予防です。不祥事はある程度のパターン化ができ、それぞれに即したきめ細やかな対策を立てること、その他倫理研修の強化、会員サポートシステム、カウンセラーへの相談、市民窓口の情報の共有等々、既に会として着手しているものの充実に加えて、不祥事を防ぐ、あるいは小さな芽のうちに抑止する対策を考えていきたいと思います。また、残念ながら発生した不祥事に対しては、弁護士会として迅速かつ厳正な対処をするほかありません。 (8) 広報ここ数年の年間広報予算は、2000~6000万円です。総合法律相談センター運営委員会のアンケート結果では、センターの認知媒体は、インターネット、自治体、行政、その他団体、裁判所、チラシ・パンフでした。多額の費用を要したマスコミの利用は殆ど効果はありませんでした。今後は、ホームページ、facebook等をもっと積極利用をし、多くの人が見たいと思う充実した内容にすることが必要です。また、弁護士が、法廷活動だけでなく、法律相談、契約書の作成等によって紛争を事前に予防する業務等も多いこと、困ったときはいつでも気軽に相談できる身近な存在である事をアピールするなどのポイントを絞った広報にする工夫が必要です。広報のポイントは、知らせたいことを絞って、効果的な手段で行う、これにつきます。 (9) 会内合意大阪弁護士会の会員は4000人を超えました。半数近くは5,60期代 です。会派に属しない会員も増えています。仕事に追われて、委員会活動に参加できない、また会務に関心が無い会員も増えています。しかし、弁護士を巡る状況が大変な今こそ、1人1人の弁護士が、傍観者でなく、当事者として、自分の頭で、その打開のために何をすればいいかを考え、意見を戦わせ、総力を以て、前向きに対策を考えて、この危機を乗り越えていかねばならないと思います。とりわけ、いまや会員の半数を占める若手に、真剣に弁護士と弁護士会の5年先、10年先、20年先を考えてほしいと願っています。意見が出し合える弁護士会にしていきたいと思っています。 3.経歴等 (1) 昭和23年生。昭和47年京都大学法学部卒業。昭和51年大阪弁護士会に登録(28期)、なにわ共同法律事務所に入所。昭和56年独立し、個人事務所を開設。昭和63年同期との共同事務所を開設。平成12年ライオン橋法律事務所を開設し、現在に至る(現在弁護士4名) (2) 活動歴【大阪弁護士会】平成9年 人権擁護委員会委員長平成13年 副会長平成23,24年 総合法律相談センター運営委員会委員長平成25年    司法修習委員会委員長【日弁連】平成13年 理事平成14年    憲法特別委員会副委員長平成20,21年 人権擁護委員会委員長平成22年    常務理事平成25年    司法修習委員会副委員長【公職歴】民事調停委員 法務局人権擁護委員 大阪府特別職報酬等審議会委員大阪市精神保健福祉審議会委員 大阪市児童虐待防止プロジェクト委員大阪市人権施策推進審議会会長 法務省難民審査参与員 厚労省年金記録確認第三者委員会等
No Image

森下弘会員が2014年度(平成26年度)大阪弁護士会副会長に選出されました

副会長としての抱負― 会長を支えることが私の最大の政策である ー 1 大弁における会長制と副会長の役割 私は、大阪弁護士会(以下、「大弁」という)の副会長に求められる役割は、忠犬ハチ公のように、主人である会長に忠実で、独自の政策は持つべきではなく、会長の政策をしゃにむに実現していくことだと考えている。ところで、大弁における執行部体制は、会則上によれば、例えて言うと、会長を大統領とし、副会長は報道官(スポークスマン)でしかなく、内閣制の閣僚のように、内閣総理大臣といえども他の大臣が一人でも反対すると閣議決定ができず、その場合には、当該大臣を罷免しなければならないという合議制にはなっていない。要するに、副会長は、大統領たる会長を補佐する執事でしかないのである。しかし、現実的には、副会長は、各会派から選出され、正副会長会議など、内閣制と同様に、合議によって政策や施策が決定されてはいくが、少なくとも、私は、石田会長候補の下での春秋会の副会長候補として、従順に石田会長候補を支えていくのが、副会長としての政策だと考えている。従って、私自身には政策はなく、むしろ、政策は会長が打ち立てるべきもので、大弁の副会長たる者は、政策を持ってはいけないと考えている。殊に、春秋会は政策団体として、その政策実現のために理事者を擁立するのであるから、会長が政策を打ち出していることは、すなわち春秋会の政策であり、屋上屋を架するように、副会長候補者としての私が、政策を「打ち出す」ことはあってはならないはずである。ところで、私自身、このような「副」には人格的にも適任のようで、自分の人生も、「副」を歴任してきたという歴史がある。生徒会の副会長(会長選挙には出たが、見事落選した)、法律相談部の副部長(しかし、実際には、私が部長格であった)、スキー同好会の副会長格(設立当初で、会長しか役職がなかった)等々、「副」の歴任には枚挙に暇がない。それも、私が次男という生い立ちによるものかもしれない。 2 立候補に至る経緯について ところで、私の生まれは播州(赤穂)で、播州播磨の人間(播州人)は、とかく自主性がない。要するに、播州人は、「自分には用がないのに、人が『〇〇に行く』と言えば、付和雷同型で付いていく」という性向がある。自分の人生を振り返ってみても、人の反対を押し退けて自我を貫いたという例がない。私が弁護士になったのも、尊敬していた小学校(6年)の担任の先生が「お前は話が上手いから、弁護士になったらどうか」と言われたからである。このときに、先生が「お前は話が上手いから、落語家になったらどうか」と言われていれば、落語家になっていたかもしれないほどである。また、弁護士を志したのも、「医者か弁護士か」という「でもしか弁護士」程度の動機でしかなかった。私の弁護士人生を決定付けた青法協への入会も、同期の岩田研二郎さんに「たぶらかされた」結果でしかない。法科大学院の教授も、知己の研究者から放たれた白羽の矢に当たっただけのことだった。ことほど左様に、播州人を地でいく私に、「副会長候補者がおらへんねん。森下さん、なってくれへん?」と唆した人がいた。それが、今年の3月の出来事だった。しかし、その当時は、私が所長を務めていた弁護士法人大阪パブリック法律事務所(以下、「大パブ」という)の後任所長の人選は難航に難航を重ね、遂に、私も「そんなに所長の引き受け手がないような事務所であれば、例え社会的意義が絶大だとしても、存続できなければ仕方がない。自分の代で幕を引く」と、絶叫していた時期であった。しかも、週に2日は法科大学院での授業を担当していたため、常勤である大弁の副会長を引き受けることは、物理的にも不可能だった。というよりも、そもそもは、法科大学院の教員をしていたことで、大弁の副会長を引き受けることが物理的に不可能だったことから、山田会長・岩田副会長の執行部体制のときに、「森下君、それならば、大パブの所長を引き受けることはできるだろう」と言われて、二代目所長になったという経緯があった位である。従って、今年の3月の時点では、まさか副会長に立候補ができるなどとは露だにも思っておらず、キッパリとお断りをさせていただいた。しかし、幸いにして、大パブの所長には、初代所長の下村忠利弁護士(以下、「下村弁護士」という)がカムバックをしていただけることとなり、一旦お断りした副会長への就任へも光明を見出すことができるようになった。それからは、電光石火の早業で、法科大学院へは来期以降の辞意を表明し、来年度の私の事務所の留守居役としてのイソ弁さんを確保し、平成25年6月17日付けをもって大パブの所長を辞任し、同年7月1日付けで新事務所(森下総合法律事務所)への移転を行ない、ぎりぎりセーフで、同年7月4日からの副会長候補者への届出期間内に立候補届出が間に合ったという、綱渡り的な立候補の経緯を辿ることとなった。 3 立候補の動機について 私は、そうはいっても、元から大弁の理事者になる志を抱いてはいた。なぜなら、自分自身の考えを大弁で実現したかったからである。しかし、平成14年初め頃には、法科大学院の設立が規定路線となり、その設立準備のために法科大学院のみなし教員としての招聘を受け、平成14年4月から、当時は立命館大学法学部の特別契約教授として、法科大学院で用いる教材造りや授業構想を練ることとなった。その時点で、理事者への道は閉ざされた。なぜなら、法科大学院の授業を受け持つ限り、常勤の理事者には、物理的支障が生じるので、就任できようもなかったからである。爾来10年の歳月が経過し、当初に理事者になることを目指したときの志や情勢と、今の情勢は質的に変容を遂げたと言っても過言ではない。一言で言えば、10年前には司法改革が声高らかに唱えられ、私もその方向性には積極的に賛成であったが、今や司法改革に対する熱望は冷め、むしろ、「司法改革」と銘打った制度改正は失敗に終わったのではないかという疑問を呈する人が少なくないという状況にある。そのような情勢のなかで、大弁の初代女性会長となるべき石田法子さん(以下、「石田さん」という)が立候補を表明され、大弁会長は当然に日本弁護士連合会(以下、「日弁」という)の副会長となるので、大弁会長の活動の中心は日弁副会長としての活躍が期待されることから、いわば国家老とでもいうべき大弁の留守居役が必要となった。殊に、男女共同参画の推進・実現は、石田さんが掲げる最重要課題であり、そのためには、石田さんが日弁の中で先導的役割を果たさない限り、その実現はあり得ない。そのためには、同じ春秋会から、石田さんが気の置けない人が副会長になる必要がある。 4 弁護士としての活動歴 私の弁護士活動歴についていうと、一時期には、「自分の人権を守るようでは、人の人権は守れない」という激烈な言葉を吐くようになってはいたが、当初から人権擁護活動を志していたわけではない。もっとも、石田さんの掲げる男女平等参画を実現するためには、様々な条件の違いや格差を抱えている多様な人たちが「共生できる」社会を実現すべきであり、その意味では、私自身の意識も変化させなければならないのかもしれない。しかし、いずれにせよ、弁護士を志した動機は、前述のとおり、「医者か弁護士か」という単純な名誉欲でしかなく、私の運命を変えたといって良い「青法協との出会い」がなければ、「金儲け主義」の平凡な弁護士稼業を営んでいたはずである。そもそも、大学や受験時代に「人権擁護」という言葉を教えて貰ったことはなかったし、むしろ、そのような活動は司法試験合格にとって「百害あって一利なし」だと思っていた。しかし、青法協に入会し、そこで初めて人権擁護に目覚め、これまでの間に、大阪じん肺弁護団、京都水俣訴訟(第3次)弁護団、沖縄嘉手納米軍基地爆音差止等訴訟弁護団などの公害弁護団の一員として、また、駆け出しの頃には、民主法律協会の一員として労働者側の労働事件にも携わってきた。さらには、新規登録時に所属させていただいた大阪共同法律事務所では、刑事事件と巡り合い、今では法科大学院で刑事法の教鞭をとるまでになった。振り替えれば、私たちの旧司法試験時代は片訴選択(民訴法か刑訴法かのどちらか片方の訴訟法を選択すれば足りた)で、大学も民事訴訟法ゼミであり、司法試験も民訴選択だった。それで、当然のごとくに刑訴法の勉強はしておらず、私は未だに刑訴法の基本書を通読したことがないというのが、自慢のような恥のような状況にある。それでも、大阪府警大淀警察署の取調べ室の床面にルミノール反応(血痕反応)の検証・鑑定を行なうという証拠保全を敢行して、原告(暴行を受けて負傷した元被疑者)が途中で行方不明になったのにもかかわらず、暴行・負傷による国賠請求(最高裁で確定)を勝ち取ることができた。また、三上孝孜弁護士と一緒に付審判請求事件の検察官役弁護士を務め、暴行を振るって被害者の少年に怪我を負わせた警察官たる被告人を、最高裁までいって有罪判決を確定させるという希少な経験もさせてもらった。さらには、山之内幸夫弁護士の恐喝未遂事件の弁護団の一員として、無罪判決を得ることもできた。どうやら、私には、足で稼ぐ短期決戦型の刑事事件が性に合っているらしく、大阪弁護士会の刑事弁護委員長や、近畿弁護士会連合会の初代刑事弁護委員長(それまでは、刑事弁護連絡協議会という形でしかなく、委員会に昇格したのは、私の代になってからであった)や、日弁連の刑事弁護センターの副委員長など、刑事弁護畑をひたすらに歩むこととなり、現在に至っている。 5 若手の養成と支援 しかし、副会長の職責上、独自の政策を持つべきではないとはいえ、私にも、やりたいことは山ほどある。特に、若手の養成と支援は喫緊の課題だと考えている。思えば、大パブの所長を引き受けたのも、刑事弁護の拠点としての都市型公設事務所としての役割が重要であるだけではなく、弁護士過疎地に赴任される若手弁護士を育成するという役割が与えられていたからである。というよりも、弁護士過疎地に赴任する弁護士はオールラウンドプレーヤーでなければならず、刑事事件ができても民事事件はできないということでは務まらない。まさしく民事弁護強化のために大パブへ副所長格(当時の所長は下村弁護士)としてスカウトされたというのが実態であった。幸いにして、初代下村所長時代も含めて11名(法テラスのスタッフ弁護士8名、ひまわり基金法律事務所への派遣弁護士3名)もの若手弁護士を弁護士過疎地へ派遣することができた。また、法科大学院へ行こうと考えたのも、文科省の構想にきな臭いものを感じたからでもあった。さらには、大阪名物の修習生の刑事弁護ゼミの創設・発展にも寄与してきたという自負がある。しかし、大量増員時代を迎え、即独や軒弁という言葉が造り出されるほどに、生計を立てることにあくせくするばかりで、人権擁護活動ができる余裕が持てないという状況が生じようとしている。また、給費制の廃止によって、修習に専念することにも困難な状況に陥っている。戊辰戦争後の長岡藩における小林虎三郎の「米百俵」(注)の例えのように、苦境にたったときにこそ、後輩の育成には心血を注がなければならないと考えている。 (注) 戊辰戦争で、長岡藩は軍事総督の河井継之助の指揮のもとに新政府軍と戦ったために、長岡の城下町は焼け野原となり、石高も約3分の1に減らされて、食べるものにも事欠く苦境に陥ったが、他藩から見舞いに貰った米百俵を、文武総督の小林虎三郎(佐久間象山の門下生)が創設した国漢学校の資金に注ぎ込み、この国漢学校は後世になって著名人を輩出した。 また、私(33期)は既に数え年で還暦を迎え、平成25年には初孫もできた「お爺ちゃん」である。先祖返りというか、時代錯誤というか、副会長の輩出世代は40期台に移っている。ところが、脂の乗りきった40歳台の中堅弁護士が理事者になることが困難な時代になってきつつある。その理由は、やはり『常勤でなければならない』ことに一つの原因を求めざるを得ない。そうだとすれば、中堅弁護士が会務活動に参画できるようなシステムを構築していく必要があるのではなかろうか。 6 まとめに代えて ただ、私の人生観は、「お椀の舟に箸の櫂」の一寸法師に求められる。もっとも、一寸法師よりも私が劣るのは、流れに逆らって都まで上りつめることはできず、ひたすら流れに身を委ねざるを得ない点である。もっとも、岐路に立ったときには、必死で櫂を漕いで、とりあえず左右の選択は自らの意思で決定したいとは思っている。それだけに、「何になりたいか」「何をしたいか」という発想ではなく、「(与えられたものについて)何をしなければならないか」「何をすれば良くなるか」という受け身的な発想しか出てこない。その意味では、石田会長(候補)の下での副会長として、「大弁の留守居役を果たさなければならない」「男女共同参画の方向性を押し進めるためには、石田さんが後顧の憂いなく日弁で活躍できるようにしなければならない」「若手のために、どのような支援策が有効か」という姿勢で、副会長の職責を果たして行きたいと考えている。どうか、私に、ご支援と叱咤激励を、是非共によろしくお願いを申し上げて、副会長への立候補の抱負のまとめに代えさせていただきたい。 以上

春秋会平成25年度12月総会開催のご報告

平成25年12月16日(月)18時から、弁護士会館2階ホールで春秋会12月総会が開催されました。(昨年度下半期総会での会則変更により、定時総会は9月、12月、3月の3回となっています。) 今回は、2階大ホールの半分が総会会場となりましたが、石田法子会員、森下弘会員を次年度大阪弁護士会の会長及び副会長として春秋会から送り出すための決議を行う総会として、広い会場をほぼ埋め尽くす勢いで、延べ101名の会員に出席いただきました。 議事進行は以下のとおりです。 【報告事項】1 大阪弁護士会理事者挨拶・会務報告   大阪弁護士会副会長 吉田之計会員 【決議事項】1 大阪弁護士会次年度会長推薦候補者の選任の件選考委員会委員長・幹事長木村圭二郎会員から、選考委員会での審議の結果、次年度大阪弁護士会会長の推薦候補者として、石田法子会員(28期)を選考したとの報告がありました。これを受け、推薦候補者の石田会員が次年度大阪弁護士会会長就任に向けた抱負を述べられました。女性の役員がいてあたりまえの弁護士会を実現したいと考えて立候補に至った、やるからにはやる、との力強い宣言がありました。続いて、丹羽雅雄会員、小橋るり会員から、それぞれ推薦の弁が述べられました。その後、議長が議場に諮ったところ、委任状出席者も含め圧倒的賛成多数で石田法子会員が大阪弁護弁護士会次年度会長推薦候補者として選任されました。 2 大阪弁護士会次年度副会長推薦候補者の選任選考委員会委員長・幹事長木村圭二郎会員から、選考委員会での審議の結果、次年度大阪弁護士会副会長の推薦候補者として、森下弘会員(33期)を選考したとの報告がありました。これを受け、推薦候補者の森下会員が、次年度大阪弁護士会副会長就任に向け、石田会員の留守をしっかり守り、援護射撃をしていきたいとの抱負を述べられました。続いて、岩田研二郎会員、乗井弥生会員から、それぞれ推薦の弁が延べられました。その後、議長が議場に諮ったところ、委任状出席者も含め圧倒的賛成多数で森下弘会員が大阪弁護弁護士会次年度副会長推薦候補者として選任されました。 3 春秋会次年度幹事長の選任幹事長木村圭二郎会員から、幹事会での審議を踏まえ、次年度春秋会幹事長として、山西美明会員(40期)を選任したいとの説明がありました。これを受け、候補者の山西会員が、次年度春秋会会長就任に向け、春秋会として石田執行部をしっかり支えていきたいとの抱負を述べられました。その後、議長が議場に諮ったところ、委任状出席者も含め圧倒的賛成多数で山西美明会員が次年度春秋会幹事長として選任されました。 総会後、会場を移して懇親会が行われましたが、述べ54名に出席いただき、多数の出席者から、石田会員、森下会員への激励の言葉を頂戴しました。
No Image

春秋会主催研修 田原睦夫元最高裁判事による 「最高裁から見た弁護士 ~ あるべき上告審の訴訟活動のために ~」 のお知らせ

春   秋   会  幹事長  木村 圭二郎春秋会研修委員会 委員長  川 上   良 開催日時平成25年9月26日(木)午後6時~午後8時開催場所大阪弁護士会館2階 201・202号室 皆様ご存じのとおり、約6年半の間、最高裁判事を務められ、本年4月に退官された田原睦夫会員が、この度大阪弁護士会に復帰されました。そこで、田原会員より、最高裁での経験や、最高裁の側から見た弁護士の弁護人・代理人活動への率直なご指摘(あるいは裏話など)を伺うことで、最高裁の役割やそこにおける弁護人・代理人の上告審での訴訟活動のあり方について理解を深めたいと思い、本研修を企画いたしました。判断権者の見方を知ることで、上告審での訴訟活動のコツやどのような弁論をすべきかが見えてくるものと思います。退官後間もないこの時期の、本講演でしか聞くことのできないお話も多数あるはずです。 またとない大変貴重な機会と存じますので、皆様ぜひふるってご参加ください。参加ご希望の方は、申込書をFAX送信お願いいたします。詳しい案内と申込方法については、こちらのWordファイルをご覧ください。